ザ・ロックマスター 稲垣智洋氏とモカシム

日本各地の個性的なクライマーを取り上げる連載「ザ・ロックマスター」の第一弾は、岡山では知る人ぞ知るモカシムクライマー、稲垣智洋さんとの対談です。

「ボルダーを見つけては、一人で開拓して登るというのが僕のスタイル」

関西から中国地方を中心にひっそりと、かつ大胆なクライミングを実践し続ける稲垣智洋氏。インタビューを通して、その穏やかな笑顔に、強烈な生命力を感じました。

稲垣智洋氏とファイブテンクライマー永田乃由季

稲垣智洋氏とファイブテンクライマー永田乃由季

―― まずは稲垣さんとクライミングの出会いからお伺いしたいと思います。

クライミングは26年やってます。最初は登山をやってたんだけど、山岳会入ってフリークライミングに出会って、良くある話で山よりフリークライミングのほうが面白くなっちゃって、そっちばっかりになった。

クライミングを初めて3年目でエルキャピタンを登りたくてヨセミテ行って、2度目の海外はイギリスで。一緒に行ったパートナーはボルトルート志向だったので、彼らがレストの日に僕のトラッドに付き合ってもらう感じで。

その時にジョニー・ドウズ に出会って、一緒に登る機会がありそこからクライミングに対する意識が変わりました。

イギリスの一部のクライマーは当たり前みたいにアップでフリーソロとかするから、そういうもんかなと自分もやってみたんだけど、5.10-ぐらいかな?オンサイトフリーソロで。上の方が120°くらいで一手一手が結構遠くて。パンプしてきちゃってるんだけど一手が遠くて傾斜もあるから戻れなくって…… がむしゃらに挑んでましたね。そのおかげでだいぶ鍛えられた。

ジョニー・ドウズにスラブが下手くそだと指摘されて、トレーニング法も教わった」

――ジョニー・ドウズ!いきなり大物ですね。どのようなトレーニングでしょうか?

「片手片足(右手右足、右手左足など)だけでスラブを登るんですよ。練習を重ねていくと、だんだん重心の位置やバランスがわかるようになってきて、やがてノーハンドや立ち込みもできるようになる。ジョニー・ドウズと出会ってからの5日間で、僕のクライミングに対する考え方ががらっと変わっていきました。

――ユニークなトレーニングですね。それでは最近登った岩で面白かったところをお聞かせください。

近所に新しく、7mくらいのボルダーを見つけて。何回かトライして、最後の方に脆いホールドがあって、それが剥がれたときに落ちちゃって。落ちた先に松の木があって、それに引っかかって枝が腹に刺さって血だらけになって、一時間くらいグッタリしちゃって。このボルダーなんだけど(写真を見せてくれる)カッコいいでしょ?そのあと登って帰りました。

僕はやばいのが好き。

マルチピッチのフリーソロもやることあるけど、なんかでっかいボルダー、大っきなハイボールみたいな感じで。最近はフリーソロって気分じゃなくて、チョークバックと靴持って持って、マット敷いてやばいボルダーみたいな、そんな感じが面白い。

PLAYHARDを地で行く稲垣氏

PLAYHARDを地で行く稲垣氏

――なんと言うか、生命力そのものが違う感じしますね……

他にもいろいろあります。この前、いいボルダーを見つけたんだけど、先客というか明らかにイノシシが住み着いてる感じで。それでまぁ、道具に頼らず原始的な形で縄張り争いして、開拓権を勝ち取ったり。あと開拓してるとダニとかムカデに噛まれたりするけどあまり気にならない。スズメバチにも何度も刺されてるけど、慣れたのかあまり腫れないしだんだん平気になってきた。

――野生生物と互角に渡り合えていますね。

屏風岩でフリーソロ中にホールドが欠けて、壁からはがれてのけぞった状態で、「うわーっ」てマトリックスみたいに手を回してもがいたら、なぜか壁に戻れたってこともあった。あれはほんのちょっと違ったら死んでいましたけど、未だになんで壁に戻れたのかはよくわかりません……

―― (一同絶句)

その後も刺激的なエピソードの数々をニコニコと語る稲垣氏。

―― 稲垣さんはファイブテンの代表的な定番スリップオンシューズであるモカシムを愛用していることでも知られています。どのような経緯でモカシムを選んだのでしょうか?モカシムとはどのような関係なのでしょうか?

最初はボリエールのニンジャ。もともとスリップオンが好みで。ニンジャでどうしても立てないところは、スポルティバのケンドー。ニンジャの次はレーザー(ボリエール)。レーザーが気に入って、ケンドーと併用して2~3年愛用したかな?ソールラバーが変わってから、全然違っちゃって、今まで踏めていたのが踏めなくなっちゃったので、シューズを変えました。

モカシムが発売された時にニンジャみたいだと思って、これはステルスC4だしニンジャみたいだし最高じゃんって思って、それから20年以上ひたすらモカシムを愛用しています。モカシムがなくなったらクライミングをやめないといけないってくらい、他の靴を履けない。前に一度浮気をして、コブラ(スポルティバ)とかロックソック(ファイブテン)とか使ってみたけど、全然踏めなくて、結局モカシムに戻るっていう。

――モカシムの魅力はなんでしょうか?

新品の状態から一ヶ月くらいすると馴染んでくるっていう、そうゆう感じ。他の靴ではなかなかならない。

(シビアなフットホールドに)立ちたいって思うような課題があった時は、新しいモカシムを買って履き慣らすんですよ。僕にとって靴の旬は、1〜2ヶ月履き慣らしたやつ。だから年4足は必要。とはいえ、旬を過ぎたモカシムにも需要があって、フリクションや足裏感覚が最高だから、スラブでも立たなくていい(押さえこむ系)課題に抜群の安定感が得られる。旬を過ぎても2〜3ヶ月は需要あるので、課題に合わせて、常に3足くらいは常備してますよ

稲垣氏愛用のモカシム

稲垣氏愛用のモカシム

――シンプルな構造でレザーアッパーだからいいのかもしれませんね。ちなみにサイズは?

今はUS5.5。以前は5だったけど、2回骨折して足が入らなくなったので。その2回とも下地が岩盤だったので衝撃で足が折れました。

――足の怪我でシューズのサイズが変わる方は結構いらっしゃいますね。稲垣さんのクライミングスタイルとモカシムを選ぶ理由にはやはり関係があるのでしょうか?

最大のポイントは足裏感覚。ハイボールとかをやっていて落ちそうな時に、モカシムだと感触でわかるんです。他の靴じゃわからない。感触で立ててるところから外れることがない。

次のホールドを探しながら、掃除しながらとかして、一時間くらいフットホールドに立ってたりします。そんな時、モカシムならいつまででも立っていられる。他の靴だと怖くてできないし、絶対に突っ込めない、モカシムじゃなきゃ無理。モカシムがなくなったら、今のクライミングスタイル貫けない。一時期モカシムがなくなるっていう噂を聞いて、どうしようって思って。とりあえず買い漁らないとって……

スーパーモック(モカシムをさらに柔らかくしたモデル、現在廃番)もちょっと履いていたのですけど、足裏感覚も良くて、まあまあ気に入っていたのですが、花崗岩ではだめだった。僕は花崗岩が一番好きなので、やっぱりモカシムですね。モカシムで立てないものはないっていうぐらい。

――稲垣さんにとってモカシムの硬さ柔らかさのバランスも重要なんですね。突き詰めればモカシム、ということでしょうか?

モカシム以外の靴は、いろいろと機能がついているので、僕には逆にそれが邪魔だよって話です。操縦できる技術があればモカシムはすごく使えるけど、それがなければ、例えモカシムを履いていても立てないものは立てない。足指の強さは要求されるよね。履けば鍛えられるけど。

――足指のトレーニングで一番効果的なのは?

スラブの課題をとにかくやること。特に花崗岩。

――モカシムを履き始めてからの20年間で、一番印象的だったクライミングは?

広島のとある場所に、初段のカンテ課題があって。それが高さ6~7mはあって、ランディングが50cm四方くらいの広さしかない。そこ以外は崖で、落ちられるところがない。核心まで行ってクライムダウン、核心まで行ってクライムダウンの繰り返し。

核心まで行って、その一歩に立つか立たないか。最後は意を決して立ち込むっていう。それってモカシムじゃなきゃ絶対無理っていうか、自信を持って立ち込めない。落ちたら運が良くてギリギリ死なない程度の怪我っていう、文字通り死にそうなくらいの高さ。崖から転がったらその先20mは落ちていくっていうとこだったから。

――やっぱり死にそうなボルダーなんですね。久しぶりに「ロッククライマー」という感じの方にお話しが伺えてとても楽しかったです。今日はお忙しい中、貴重なお話ありがとうございました。


時には生命に関わる危険度の高いハイボルダーやフリーソロ。

これを安定して登りきるには、スラブやマントルの能力が重要となる場合が多い。稲垣氏はそんなシチュエーションをコントロールし続けたからからこそ、強烈なエピソードでも自慢話でもなく、楽しい思い出として笑顔で語れるのでしょう。

「ただの無謀で命知らずのクライマーだとしたらその様なクライミングを実践し続けることはできない」

稲垣氏の言葉や態度からは、磨き続けてた自らの技術と、愛用し続けているモカシムに対する絶対の自信と信頼が感じ取れました。

これからも稲垣氏の冒険心あふれるクライミングに、ステルスラバーの加護があらんことを。

取材協力:東陽町フィッシュ&バード