谷川岳一ノ倉滝沢第三スラブ

今シーズンは山行が少なく準備不足が否めない。果たして登れるだろうか。そんな思いに取り憑かれながら、二年前と同様、夜2時に起き出して、準備を始める。予報通り満月の快晴の中、一ノ倉出合に向けて歩き出した。パートナーは大先輩のSさん。出合から先は雪がしっかり積もっている。

先行パーティはひと組、すでに滝沢下部取付き付近にいた。我々が取付きまで上がったころには、先行パーティのトレースは下に降りた形跡があり、どうやらテールリッジを登り返したようだ。彼らはルートを変更したのだろうか、些細な事で不安を憶えてしまう。

取付きから1ピッチ目、垂壁に近い氷の壁、前回よりはたっているように感じる。シュルンドが少し開いていて緊張する。

いよいよ登攀開始。右寄りの弱点をついて氷壁を攀じ登る。途中スクリューを二本ランニングとして決めるが、いずれも中はスカスカのザラメ状で落ちられない。氷のセクションを超えて雪壁に出る。「あと5メートル!」コールが聞こえるが、確保支点になるようなものは一切ない。右側上部に貧弱な灌木が見えるが到底5メートルで届きそうにない。「あと10mなんとかして!」ビレイポイントを移動してもらい、ようやく確保できた。

1ピッチ目でこれか…… なんとかなるのか。この時点では登れるか半信半疑。

2ピッチ目は雪壁上で肩がらみでフォローをビレイ。落ちたらもろともだろう。確保支点が取れないことを伝えて、登ってもらう。「もう降りられない」ここに来て、ようやく覚悟が決まった。前回と違ってクライムダウンできる状況じゃない。ここからはノーロープ。支点が取れないのだから当然だろう。前回敗退のF4・F5あたりまで到達し、上部を確認。しっかり雪と氷がつながっている。

ルートのアドバイスをもらいながら高度を上げていく。ドームと草付帯が見えてきた。「なんとかなるんじゃないか」スラブから草付をみると斜度がそうあるように見えない。草付帯の取付きから再びロープを出す。1ピッチ目はまたしても確保支点なし、肩がらみでフォローをビレイ。支点がどこにも取れないのだから、ロープも目一杯伸ばす。目指す2ピッチ目上部に灌木が見える。

「あそこでピッチを切れば、3ピッチ目でドーム基部だ!」

いよいよ気合を入れ直し登り始め、灌木でビレイ。思ったより傾斜が強い。ブッシュの上の雪はモナカ状で状態が極めて悪い。貧弱な灌木をつかみながらの登攀。足場が固まらない。3ピッチ目で思っていたより時間をかけてしまった。とにかくもがきながら徐々に高度をあげる。その瞬間、右手にまとめてつかんだ細い木が折れた。「うぉ!」思わず声が出たが踏みとどまった。心臓の鼓動が収まるまで、立ち尽くし、両腕もかわるがわる休ませる。

ルートを見つめなおし、右側の浅いルンゼ状を登ることにした。しっかりと雪が付いているわけではない。モナカ状雪壁を喘ぎながら登る。足元の雪が下に落ちていく。ドームの基部までわずか2メートルのところでロープの流れが止まる。「まさかいっぱい?」「なんとかしてくれるだろう」と無理やりロープを引っ張って、ようやくドーム基部に到達。時計を見るとすでに13時半。最終ピッチだけで2時間半もかかってしまったのだろうか。
 

ルンゼへ懸垂下降し、安心したのもつかの間、ルンゼ内は新雪がしっかり積もってラッセル開始。レリーフに刻んであった雪崩の恐怖が瞬間頭をよぎったが、もう登るしかない。パートナーSさんと入れ替わりでラッセル。果てしなく長い時間に思えた。稜線に飛び出した瞬間、傾いた太陽が夕陽となって目の前に飛び込んできた。

「うおぁ〜〜っ!!」つい叫んでしまった。時間は16時28分。

三度目のチャレンジでとうとう登り切った!Sさんと堅い握手をして喜ぶ。なんということか、Sさんはザックの中から缶ビールを取り出した!1本のビールを2人で分けて飲む。この味は忘れられないものになるだろう。夕陽に輝く稜線上を西黒尾根下降へと向かった。